で、を。
2010
髙野 歩
営業部門
2010年入社

野村證券の懐の広さに感銘を受け、入社を決める。関西の支店に配属されたのち、配偶者の転勤に伴い、勤務地変更制度を利用。配偶者と同じエリアの支店に転勤する。

「野村は、あなたを育てる自信がある」

野村證券を選んだ理由

野村證券に入社を決めた理由は、採用面接で出会った社員の方の言葉に胸を打たれたからです。業界研究や企業研究をほとんどしていなかった私は、金融機関や証券会社についての知識が全くありませんでした。面接では、経済の基本的な質問に対してしどろもどろになる始末。当然、不合格になると諦めかけていました。しかし、そんな私に面接官の方は「入社後に一生懸命勉強すれば十分キャッチアップできる。今は専門知識がなくても、野村は髙野さんの力を伸ばす自信がある」と話していただきました。この言葉に、胸を打たれました。
これほど大きな器をもった会社であれば、きっと自分は成長できると思い入社を決意しました。

苦しい経験は、
成長するための“経験値”。

新人時代

入社以前から、大変な仕事であることは予想していましたが、実際入社してみると予想以上に厳しい日々が待っていました。特に1年目の新規開拓営業はとても苦労し、モチベーションを維持するのが大変。お客様を訪問しても全くお話のできない日々が続き、最初に口座開設できるまでしばらく時間がかかりました。しかしそんな時、当時の上司が「こんなにつらいことを頑張っているのだから、きっと大きく成長するはずだ」と言ってくれ、その言葉が支えとなったのです。苦しい状況を“経験値”だととらえ、諦めずに努力する大切さを学びました。

結婚や配偶者の転勤で、
仕事を辞めるという選択肢はなかった。

ライフイベントとの両立

入社数年後、関西で勤務する同期社員と社内結婚をしました。その後、夫は東京に転勤。元々、結婚後も仕事を続けたいと思っていた私は、勤務地変更制度を活用して、首都圏への転勤を希望し、数か月後、新天地での仕事がスタートしました。もちろん、はじめての土地へ移ってからしばらくは忙しい日々でした。お客様との関係もゼロからのスタート。営業をするにも土地勘がなく、電車を乗り間違えることも日常茶飯事でした。家事もほとんどしたことがなかったため、環境が変わるストレスを、公私ともに感じた時期でした。
乗り越えられたのは、やはり周囲のサポートのおかげです。夫はもちろん、転勤先の先輩方にはとても助けられました。転勤を経験している女性社員が多い支店だったこともあり「慣れるまではみんなそうだよ」と励まされ、ずいぶん心が楽になったことを覚えています。

有言実行することで、
いつも以上の力が出せる。

成長を促す環境

野村證券には、仕事の成果を競う表彰制度があります。以前、表彰されることを目標に頑張っていたものの、ぎりぎりで入賞を逃し、とても悔しい思いをしたことがありました。しかし、誰にも目標を伝えていなかったため、悔しさを共有することができませんでした。そして私はある日、意を決して周囲のメンバーに「次こそ絶対に入賞します」と宣言。その一言で周囲が応援してくれるようになり、自分もさらに仕事に身が入り、見事に入賞を果たすことができました。明確な目標を公言することは、恥ずかしいことかもしれません。しかしあえて有言実行し、自分にプレッシャーをかけることで、普段以上の力が出せることがあります。そして野村證券は、頑張る社員にチャンスを与えてくれる場所。インストラクターに任命された時は、信じてくれる上司に応えたいという想いが生まれました。自分で目標を決めて頑張ることや、いつも気にかけて期待してくれる方に報いたいという気持ちが、仕事の原動力になっています。

お客様が期待していることを、
越えていく。

働くうえで大切にしていきたいこと

野村證券では、日々の仕事のスケジュールや組み立て方、外交方法は個人の裁量に委ねられています。お客様のためにできることは何かを柔軟に考え、実行する。それを喜んでいただけると自分も嬉しくなり、さらに努力する。そのうちに力が身について、成長を実感し、困難なことにもまた挑戦したいと思える――この循環が、野村證券で働く魅力です。
目指しているのは、お客様が私に期待していることを的確にとらえ、期待以上の付加価値をご提供できること。以前、ご家族を亡くされたお客様から、相続のご相談を受けたことがあります。当社の業務分野ではありませんが、グループ会社の弁護士事務所をご紹介したところ、とても喜んでいただけました。お客様が期待する以上のサービスをご提供できた時、信頼関係がとても深くなると実感した出来事でした。