め、る。
2006

人工知能がもたらすディスラプション
(創造的な破壊)をいち早く。
金融ビジネスに画期的なイノベーションを。

政府の重要な政策を左右し、企業戦略や投資家の動向に大きな影響を与える経済指標。その指標に、2017年7月、画期的な新指標が誕生して世界的な注目を浴びた。SNSのビッグデータとAI技術を組み合わせて算出する、『SNS×AI 景況感指数』と『SNS×AI 鉱工業生産予測指数』である。

経済産業省によるIoTを活用した新ビジネス創出推進事業(ビッグデータを活用した新指標開発事業)の一環として行われた公募の結果、開発の依頼を受けた野村證券。高い即時性と低コストをもたらし、日本経済の発展と金融市場の公平性にディスラプティブ(破壊的)な改革をもたらしたこの発想は、どのように実現されたのか。かつては物理学者を目指していたという、プロジェクトマネージャーの饗場行洋に話を聞いた。

経済産業省×野村證券で精度の高い経済指標を。

SNSを通して集めたビッグデータを人工知能(AI)で解析し、景況感を指数化する。2017年7月20日、まったく新しい技術と方法で開発された経済指標『SNS×AI 景況感指数』と『SNS×AI 鉱工業生産予測指数』が、経済産業省のBig Data-STATSサイトで試験的に公表された。開発を手掛けたのは、野村證券。リサーチャーの饗場行洋は、このプロジェクトをけん引した一人である。

「従来の政府統計は、アンケートの集計から公表までに1カ月以上の時間を要し、国の政策を決める重要なファクターであるにもかかわらず、データの収集から公表までにタイムラグがありました」。国内外の投資家からも、日本の経済指標は表現したいことを表現できていないのではないかという声が寄せられていた。

そんなとき、経済産業省による新指標開発事業の公募があり、大学の研究室で社会人ドクターをしていた野村證券のクオンツアナリストの研究が経済産業省の目に留まった。「『日本銀行が発表するレポートを、AI技術を使って数値に置き換える』という研究です。そのような研究者がいる野村證券なら、より精度の高い経済指標を創れるのではないか、という期待を寄せられました」。

そもそも、ファイナンスの世界には『データや情報がすべての投資家に瞬時に等しく伝われば、市場は効率的になるはずだ』という哲学があるという。実現すれば、健全な資本市場の発展に貢献できる、という想いが饗場にはあった。

『SNS×AI』という新発想。

「Twitterで1日につぶやかれる日本語のツイートは約1億件。その中から、AIを活用して景気に関連するものを抽出します」。AIに抽出させるワードは、チームメンバーである社内エコノミストの知見が役に立った。「たとえば、『鉱工業生産指数は労働時間と非常に相関関係が強く、人々が残業しているときは鉱工業生産が高い傾向がある』といったマクロの視点は、とても参考になりました」。

1億件を超える日々のツイートを数百件ほどに絞り込み、景気に対してポジティブな内容とネガティブな内容に選別する。この選別には、内閣府が、タクシードライバーなど景気に関連の深い事象を観察できる立場の人にアンケートを取った『景気ウォッチャー調査』の40万件近い過去データを利用した。「ひと月に何十億件というデータを、人間が手作業で選別するのは非現実的です。まさに、ここは人工知能の使いどころ」。

『SNS×AI 鉱工業生産予測指数』に関しては、ビッグデータにツイートだけでなく、ブログも加えた。「鉱工業生産を予測するには、情報の深さが必要でした。ブログは、今まで考えていたことを記事に落とすという点で、Twitterに比べて即時性には欠けますが、そのぶん深いものが出てくるのです」。

課題を発見し、共有し、みんなで解決する。
プロジェクトはその繰り返しだった。

プロジェクトマネジメントで一番大事なことは、メンバーに『どう?』と常に聞いてまわることだと饗場は考えている。「各々が持つスキルも、抱えている業務量もバラバラです。メンバーが同じゴールを目指すには、潜在的な課題を発見して、共有し、みんなで解決する。その繰り返しでした」。開発のための社内基盤づくりも、初期の大事な役割だった。「情報セキュリティ上の理由で、社内ネットワークからはSNSにアクセスできないよう制限されています。管理部門と交渉し、環境を構築し、運用ルールを定めるまでが大変でした」。

外部との連絡・交渉役も負っていた。「数週間に1度、経済産業省の方々とディスカッションをし、外部の先生方で構成された評価委員会に報告する必要がありました。その中で、国としてやりたいこと、野村證券としてやりたいこと、両者のゴールをすり合わせていったのです」。

完成して算出された2つの指数は、驚くほど『当たって』いた。「公表値と強い相関関係が見られました。ただ機械である以上、いつ何が起こるかわからない。予測モデルを高度化、精緻化していく道は残されており、目下、取り組んでいるところです」。

調査票を収集して集計値を積み上げる従来の方法より、サンプル数が多くなっているにもかかわらず、低コストを実現。そして何より、算出のスピードが劇的に短縮された。「1カ月かかっていたのが、1日になりました。原理的には、日々公表することも可能です。経済産業省の担当者も想定以上の結果に喜んでくれて、さらなる可能性が広がったと話しているところです」。

選択肢は2つ。
物理学者になるか野村證券で働くか。

学生時代の饗場は、物理学者を志し、経済物理やカオス理論、複雑系の研究に没頭していた。「例えば、コンピューターの中に人工的な市場を再現して、ファット・テールが現れる様子を観察したりしていました。市場参加者が2人では現れない複雑な価格変動が、3人だと出現する。物理の世界でも、地球と太陽の二つだけなら簡単にモデル化できるのに、月が入ってくると、三体問題といってカオスが起きてきます。金融は物理の世界とすごく似ている。そういうところも面白いなと思いました」。

しかし、『経済物理』は、まだ若い学問。実務者と会話をしても、噛み合わないことが多かった。「私の研究に対して、『それが分かったところでどうする』という淡白な反応で、一緒に何かをやっていくという感じはありませんでした」。その中で、野村證券だけは違った。「会話をした社員が、私のニッチな研究分野について、大体知っていたのです。博識な人がいる、すごいなと驚きました」。日本に本社があり、時代を先取りした最先端な研究をしている事業内容も魅力的に映った。「だから、物理学者か野村證券かの二者択一。野村證券に就職できなければ、アカデミックな道に進もうと思っていました」。

「物理学者になりたいと思った時点で、世の中を変えたいと思っていたに等しい」と、饗場は笑う。「物理をやりたい人は、世の中の根本原理に興味があり、世の中をよくしたいと思っている人が多いと思います。宇宙がどこから始まったのか、水はなぜ冷やすと凍るのか、当たり前だと思われていることを、どうしてだろうと突き詰めていく。でも、何百年も経たないと答えが出ない問題ばかり。だからこそ私も、世の中の問題を解決する仕事に興味を持ったのです」。

置かれた場所で咲きなさい。

入社した饗場が最初に配属されたのは、エクイティストラテジーチーム。株を定量的に分析し、パフォーマンスを上げるための戦略を考える部署だった。その後も、インデックスチームなど多くの部署を経験したが、転機となったのは、IT部門に異動したときのことだという。「専門外の部署だったので、最初は戸惑いました。ただ、『部署は関係ない。自分がやりたいのは、課題を解決することだ』と気が付いたのです」。

饗場は、外国株のデータを更新するシステムのスピードに疑問を持ち、10倍以上に速めて、利便性を向上させた。「IT部門に5年間在籍した経験が、現在の仕事にも役立っています。今回の『SNS×AI 景況感指数』にしても、クオリティの高い指数をどのようにして効率よく安定的に運用するかというユーザー側に立った視点が、指数のデザインと同等に大切なことでした。よく言いますよね、『置かれた場所で咲きなさい』と。あの言葉は本当だなぁと、今になって思います」。

外から壊されるのを待つくらいなら、
ディスラプションを仕掛けて壊したい。

『SNS×AI 景況感指数』と『SNS×AI 鉱工業生産予測指数』が世に出て、饗場たちには多くの反響が寄せられた。「日本はもちろん、海外のメディアからも取材いただき、世界中の投資家から関心を集めています。さらに嬉しいことに、『うちにもこんな面白いデータがあるので、一緒に何かやりませんか』と、国内外の企業から魅力的な提案もあり、ディスカッションをはじめています。近々、また新しいニュースをお届けできるかもしれません」。

今、饗場の視線は、10年後をとらえている。「金融とテクノロジーを組み合わせたFintech(フィンテック)という言葉が一般に浸透し始めています。証券会社を取り巻く環境は、劇的に変化しようとしているのです。極端に言えば、『クラウドファンディング(インターネット経由で資金調達などを行うこと)が成熟すれば、証券会社は必要なくなるのではないか』という意見も出てくるかもしれません」。まさにディスラプティブ(破壊的)なことが起きる可能性を含んでいる。

「しかし」と、饗場は言う。「外から破壊されるのを待つくらいなら、中から壊して、ディスラプション(創造的な破壊)を仕掛けたいと思っています。新しい技術開発など、イノベーションを起こすような次の一手を打っていきます。私のなかに、物理学者を目指していた頃の魂がまだ残っているのかもしれません」。

饗場 行洋
ホールセール部門リサーチ
2006年入社